小さな丸テーブルをオレと万丈目は向き合うような形で座った。

「事件の後、お前が受けた”電話”だが・・・。その”電話”について、俺なりに調べてみた。ほら、これだ・・・」

万丈目は持ってきた鞄の中から数枚の紙を取り出した。
紙に書いてあるのは膨大な数字の羅列。
他に記されていたのは、簡単なアルファベット。

「着信記録・・・?」
「・・・事件当日のな」

渡されたのは、事件当日にGXに掛かってきた着信記録だ。

「あの時は逆探知なんて出来なかったから手間取ったが・・・」

逆探知・・・。
万丈目の口から飛び出た単語にオレは自分の無防備さを悔やんだ。
その手があった。
でも・・・。

「あんなに短い電話じゃ・・・逆探知なんて出来る訳がないだろ」
「・・・そうだな。で、見て欲しいのはここだ」

万丈目が指した数字。
前後には、見覚えのある番号が並んでいる。

「この番号に見覚えはあるか?」

オレは首を左右に振った。
”03”から始まる番号。
かろうじて、都内からの電話と分かる程度だ。

「やはり、分かる訳ないか・・・」

分かる筈がないな・・・と言うように万丈目は笑った。

「これは・・・、どこの番号だ」
「渋谷の公衆電話だ・・・」

渋谷・・・?
万丈目の口から意外な地名が飛び出した。

「それだけか・・・?掴んだ情報って言うのは・・・」
「待て。結論を急ぐな・・・。十代、不思議に思わんか・・・?」
「何が・・・」

オレが反問すると万丈目は辺りを鋭く見回した。
この部屋には、オレと万丈目の二人だけだと言うのに何をそんなに警戒しているんだろう。
壁に耳あり、障子に目あり。
万丈目の用心深い様子はある程度、オレに心の準備をさせてくれた。

「気付いていないのか?・・・俺たちGXの番号は上層部しか知らない筈だ」





・・・・・・。
・・・。


テロ対策部隊であるGXの電話番号は限られた人間しか知らない。
心の準備をしていたと言えども、万丈目の言葉に衝撃が走った。

「どういう・・・事だ」

犯人グループの一人だと思われる不審な”電話”の主。
カイザーの腕を狙ったと笑った・・・。
万丈目はオレの顔を見て、同じ考えだと頷いた。

「十代も気付いたのだろう?」

信じられない。
オレの中で浮上してきた疑惑。
頭が混乱してきた。
体が小刻みに震える。
裏切られた・・・。
そんな気持ちが、心を占めていく。

「まさか・・・。そんな筈ない。あの事件は・・・」

否定したい気持ちと、あぁ、やっぱりな・・・と言う気持ちがせめぎ合う。
どこかでオレは、そう思っていたのか・・・?
震える手で自らの口を塞ぎ、漏れる吐息をせき止めた。

「あの”事件”も・・・カイザーの腕も、上が・・・、仕組んだって・・・そう言うのか・・・」

切れ切れの言葉が口から漏れる。
自分の思い付いた内容に声が上ずった。
万丈目は混乱するオレを見て、頭を左右に振った。

「さぁな。まだ詳しくは分からん。まぁ、俺も確信持って言っている訳ではないからな・・・」
「でも・・・!」

確かに、万丈目が言っているのは仮定にしか過ぎない。
先走るオレの思考をいさめるように、万丈目は口を開いた。

「それに、上層部が仕組んだ事なら何故わざわざ渋谷の公衆電話から掛けてきたのかという疑問もある」

万丈目の冷静な言葉が、オレの熱くなった頭を冷やしてくれる。

「そうだよ・・・な」

そうだ。
幾ら現役を退いたとは言え、上層部には技術者が沢山いる。
もし・・・、仮に上層部が今回の事件を捜査しているのなら・・・偽装工作に抜け目はない。
犯人を別の人物に仕立て上げるのも容易だ。
オレたちに、疑惑を持たれるような落ち度は一切あり得ない。
完璧な仕事。
完全犯罪さえ容易い力を持っている連中が、上にはゴロゴロいる。

「すまん、お前を混乱させたみたいだな・・・」
「いや・・・、大丈夫だ」
「そうか・・・。それなら、いい。・・・っと!こんな時間か」

時計を見ると、夜の九時を回っていた。
窓を見ると、微かに街灯が光っている。
慌てたように万丈目は帰りの身支度を始めた。

「すまん、十代。十時から約束があった」

随分と遅い時間に、約束をするんだな・・・。
思い当たる可能性を口に出してみる。

「彼女か?」

万丈目なら女の子にモテるだろう。
偉そうだけど、優しい男だからな。

「違うわっ!誤解するなよ。友人だ!友人!」

万丈目は必死に彼女じゃないとオレに言い訳がましく抗弁してきた。

「分かったから・・・。時間がないなら急げよ」
「本当に、友人だからな!」

念を押すように、万丈目はオレに言ってくる。
やれやれ・・・。

「分かった、分かった。ほら、さっさと行かないと間に合わないんだろ?」

苦笑交じりで言うと、万丈目は、まだ納得しないながらも頷いた。





・・・玄関まで行くと、万丈目は忙しなく靴を履く。

「何か分かったら連絡する。ではな」

言い切る前に風のように素早く万丈目は帰った。

オレはドアの鍵を閉め、寝室兼居間を振り返った。
一人になると狭いはずの部屋が広く感じる。
万丈目が帰っただけなのに、酷く寂しい。
ブルリと体が寒さに震える。

「さむ・・・」

あの”事件”から一週間・・・。
初めて、一人が辛いと思った・・・。





あれから万丈目は休暇の度にオレの元へ訪れるようになった。
現在のGX・・・。
上層部の動き・・・。
謎の”電話”・・・。
本来は、辞職したオレに話してはいけない内容を逐一報告してくれる。
万丈目には感謝する反面、GXに対する罪悪感がオレを苛んだ。


今日も万丈目が新しい情報を仕入れてくる。
インターフォンに呼ばれて、オレは玄関へと向かった。
覗き穴を覗くと万丈目がソワソワと落ち着きなさそうにしているのが見える。
GXを辞めて個人的に万丈目と付き合い始めてから初めて知った事・・・。
万丈目は、思ってた以上に純情だった。
GX時代は、もう少しクールな男だったような気がする。
ドアを開けると、ラフな格好をした万丈目が立っていた。

「よぉ、十代・・・」

挨拶もそこそこに万丈目は部屋に上がってくる。
オレは万丈目の後に付いて行きながら、謎の”電話”について聞いた。

「それで・・・?”電話”の件、・・・何か分かったのか?」
「・・・」

オレの問い掛けに万丈目から反応はない。
何かを考え込むように、万丈目は足を止めた。
危うく万丈目の背中にぶつかりかける。

「万丈目・・・?」
「え・・・?」

オレが呼び掛けると万丈目は肩を震わせて驚いた。

「どうしたんだ?疲れているのか?」
「いや・・・、何でもない」

空々しい万丈目の回答。
オレの心に疑惑の芽を息吹かせた。
万丈目の横顔が少し青ざめて見える。
そう言えば、心なしか痩せたような気がする。

「何でもないって・・・。そんな青ざめて言う事か?」
「何でも・・・ないんだ。大丈夫だ」

突然、オレの携帯電話が鳴った。
液晶画面を見ると、翔の名前が表示されている。

「翔・・・?」

翔の名前を呟くと、万丈目がオレの携帯を睨んだ。

「出るな」
「万丈目・・・?」

万丈目の切羽詰まった声に、電話に出ようとしていたオレの動きが止まった。

「どうしたんだよ?」
「電話に・・・出るな・・・」

念を押すように、もう一度万丈目が言ってくる。
何かGXで起きた。
そんな疑惑が心の中で浮上してくる。


携帯の音が止んだ。
画面を見ると、留守番電話に切り替わった事が分かる。
・・・翔からのメッセージは万丈目が帰ってから確認した方が良さそうだ。
オレは、携帯をジーンズのポケットにしまった。

「電話に出るなって、どういう事だよ・・・」
「・・・」

万丈目は黙ったまま、オレを見ようとしない。

「なぁ、万丈目・・・!」

嫌な予感がした。
万丈目の不審な態度。
翔からの電話。

「もしかして・・・GXで・・・」
「・・・どうせ、隠してたってすぐにバレるか・・・」

万丈目はオレに視線を合わせようとしないまま独り言を呟いた。
隠す・・・?
どういう事だ・・・?